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7月6日 オキナワで暮らすということ (2)



パレスチナ映画上映の朝、「沖縄集団自決」について沖国大の石原教授が
NHKの電話インタビューに応じていたラジオ番組を偶然耳にした。

 自らの意思で死を選んだのではなく、軍民一体にならざるを得なかった沖縄戦において
軍が壊滅するならば民も道連れにする他なかった。
軍は民に好むと好まざるとに関らず協力を強制し、そのため民は少なからず軍機密を知って
いたのだ。
捕虜になっては機密が洩れる。だから軍は民に対して常に自決教育をしていた。

 そんな歴史が、いや歴史というにはあまりにも短すぎる距離にゴロゴロと、ここには
転がっている。

 戦後,穴をほれば 人骨が出てくるのがあたりまえ だったと聞く。
今、ほんのちょっとでも 「平和」 という意識のある人だったら沖縄を歩けば沖縄戦の傷跡にぶつかる。
        加えて米軍基地問題

 ため息が出るほどのこの美しい沖縄

この美しさの中に閉じ込めてしまいたい、カナシイ記憶。
しかし ナイコトにされてしまったとしたら・・・・・
                         永遠に踏みにじられた魂はさまようだろう。

この島に暮らすということは この魂を鎮魂する心をもっていなければ許されない。

    祈りを捧げる 
    思いを捧げる
    そして未来のための具体的な祈りも

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by kardawork | 2007-07-07 17:08
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